高い時計に意味はあるのか──30年買い続けた男の、正直な答え
スマートウォッチの方が正確で安い時代に、なぜ数十万・数百万の機械式を買うのか。「意味がない」という指摘は、半分は正しい。40ブランドを買い、20本を今も使うコレクターが、値段の内訳と「それでも買う理由」を、きれいごと抜きで書いた。
川村 篤志 時計評論家 / コレクター歴30年
公開: 2026年7月20日 更新: 2026年7月20日
「その時計、正直、意味あります?」
先日、30代の知人にそう訊かれた。彼はApple Watchを着けていて、私の手首の機械式時計を見ながら、素朴に、しかし少し挑発的に言った。「時刻ならスマホの方が正確だし、値段だって桁が違う。何のためにそんなもの買うんですか」と。
私は30年で40以上のブランドを買ってきた時計コレクターだ。だが、この問いに「意味は十分ある」と即答はしなかった。なぜなら、彼の指摘は半分正しいからだ。
このページでは、その問いに正面から答える。高い時計に意味はあるのか。値段は何に払っているのか。そして、それでも私が買い続ける理由を、きれいごと抜きで書く。

まず認めよう──「実用では意味が薄い」は正しい
議論の出発点として、正直に認めておく。
時刻を知る道具としてなら、高い時計に払う金額の大半は無駄だ。日差ゼロに近い正確さが欲しいなら、数万円のクォーツで足りる。通知も歩数も欲しいなら、スマートウォッチが完勝する。機能・便利さ・価格、この3点で機械式時計はことごとく負ける。皮肉な話だが、機械式の「最高精度」を保証するスイス公式クロノメーター(COSC)の合格基準ですら平均日差マイナス4〜プラス6秒で、数万円のクォーツの正確さには遠く及ばない。「精度に払っている」という前提が、そもそも成り立たないのだ。
だから「実用性で測れば意味がない」という指摘には、私は反論しない。数十万・数百万を「正確な時刻」に払っていると考えれば、それは確かに不合理だ。
問題は、高い時計を買う人は、そもそも「時刻」に払っていないということだ。
高い時計の値段は、何に払っているのか
では、あの価格は何なのか。30年分の内訳を、私なりに5つに分解する。
| 内訳 | 中身 | 価格への寄与 |
|---|---|---|
| 精度 | ムーブメントの正確さ | 意外と小さい(数万円で十分高い) |
| 仕上げ | 磨き・面取り・組み立ての手仕事 | 大きい |
| 歴史・ブランド | 数十年〜数百年の信頼 | 大きい |
| 希少性 | 生産数の少なさ | モデルにより巨大 |
| アフター | 世代を超える修理網 | 見えにくいが重要 |
注目すべきは、「精度」の寄与が最も小さいという事実だ。時刻の正確さは、もはや技術的に解決済みの問題で、数万円のクォーツでも年差レベルの精度が出る。
この構図は、業界全体の数字にもはっきり表れている。スイス時計協会(FH)の統計によれば、2025年にスイスから輸出された時計は、数量では機械式が全体の約36%にすぎないのに、金額でみると約86%を機械式が占めた。安価で正確なクォーツが数の大半を担い、高価な機械式がわずかな数量で価値の大半を生む──つまり業界の”価値”は、精度でも数量でもなく、手仕事で仕上げた機械そのものに宿っている。ここに、高い時計が何に払われているのかの答えがある。
価格差の大半は、手仕事の仕上げ(機械好きが顕微鏡で覗いて惚れる世界)と、ブランドの歴史・希少性が占める。つまり高級時計は、機能への対価ではなく、工芸品・文化・資産への対価なのだ。ここを取り違えると、「意味がない」と「意味がある」がすれ違い続ける。
それでも私が買い続ける、3つの理由
ここからが本音だ。工芸品への対価だと分かった上で、なぜ私は30年やめられないのか。
理由1:手入れをして、何十年も使える
機械式時計は、オーバーホールを重ねれば半永久的に動く。私が20年前に買ったロレックスは、今も現役だ。数年に一度、数万円の維持費を払えば、孫の代まで渡せる。
スマートウォッチは3〜5年で電池もOSも寿命を迎え、買い替えになる。「直しながら一生使う」という発想そのものが、機械式時計にしか許されない贅沢だと、私は思っている。この感覚は機械式時計 入門に技術面から詳しく書いた。
理由2:毎朝、心が動く
これは合理では説明できない。だが、気に入った時計を手首に載せる朝は、それだけで少し気分がいい。ゼンマイを巻き、秒針の滑りを眺める数秒間に、確かな満足がある。
数十万を払って買っているのは、この「毎朝の数秒」の積み重ねだ。10年使えば3,650回。1回あたりに割れば、缶コーヒーより安い。そう考えれば、決して不合理ではない。
理由3:時間を共にした記録になる
昇進したとき、子が生まれたとき、独立したとき──節目に買った時計は、その記憶ごと手首に残る。傷の一つひとつが、共に過ごした証だ。
プライベートバンカーの視点でも同じことが語られている。経営者 時計で、ある経営者が「妻がくれたから」30年同じ時計を着け続けた話が出てくる。時計の意味は、値段ではなく、共にした時間が作る。
「意味がない」時計の買い方も、確かにある
公平のために言えば、意味を失う買い方も存在する。30年見てきて、これは避けた方がいい。
- 見栄だけで買う:動機が見栄だけの時計は、数年で飽きて手放される例を数え切れないほど見た。
- 投資目的で買う:値上がりを期待すると、値動きが気になって「使えない」。それは所有ではなく在庫だ。
- 人のランキングで買う:他人の1位は、あなたの一本ではない。
これらに当てはまる買い方なら、「意味がない」という指摘は正しい。意味は時計側ではなく、買い方と価値観の側にある。
スマートウォッチと、どう住み分けるか
「じゃあスマートウォッチはダメなのか」というと、そうではない。私自身、運動時はスマートウォッチを使う。役割が違うだけだ。
- スマートウォッチ=機能の道具。正確・便利・使い捨てられる
- 機械式時計=所有の道具。不便だが、一生付き合える
この住み分けをどう考えるかは、機械式時計とスマートウォッチ、どちらを選ぶべきかで徹底的に比較した。どちらか一方が正しいのではなく、あなたがどちらの価値に対価を払いたいか、それだけの話だ。
結局、意味はあなたが決める
冒頭の知人には、最終的にこう答えた。
「君にとっては、たぶん意味がない。それでいい。でも僕にとっては、毎朝これを巻く数秒に意味がある。意味があるかどうかは、時計じゃなくて、持つ人が決めるんだよ」と。
高い時計を「無駄だ」と言い切れる人は、それで幸せだ。無理に買う必要はない。だが、この文章を最後まで読んでしまったあなたは、たぶん心のどこかで意味を探している。だとすれば──まずは予算内で、実物を手首に載せてみてほしい。心が動くかどうかは、理屈より先に分かる。
どこから見ればいいか分からなければ、メンズ腕時計の選び方 完全ガイドを地図に使ってほしい。
参考資料
- 一般社団法人 日本時計協会 — 日本の時計工業を代表する業界団体・国内統計の権威情報
- スイス時計協会(FH)統計 — スイス時計輸出の数量・金額データ(機械式の価値シェア等)の一次統計
- COSC(スイス公式クロノメーター検定協会) — クロノメーター認定基準(日差-4〜+6秒)の公式情報
- 腕時計(Wikipedia) — 腕時計の歴史・分類・市場の包括的解説
次に読む
- 機械式時計とスマートウォッチ、どっち:現代の住み分け
- メンズ腕時計の選び方 完全ガイド:予算別の地図
- 機械式時計 入門:仕組みから理解する
- 経営者 時計:持ち物が語るもの
「大人の趣味」では、本物志向の道具と長く付き合う知恵を、専門家5名が綴っています。編集方針はこちら。
よくある質問
- Q. 高い時計は本当に意味がないのですか?
- 「実用性だけで測れば意味は薄い」というのは正しい指摘です。時刻の正確さならスマートウォッチが上ですし、数十万・数百万という価格の大半は精度ではなく仕上げ・歴史・ブランド・希少性への対価だからです。ただし「所有して使い続ける喜び」「手入れして次世代に渡せること」「手首に載せたときの満足」といった、実用性では測れない価値に対価を払える人にとっては、十分な意味があります。意味の有無は時計側ではなく、持ち主の価値観で決まります。
- Q. 高い時計の値段は、何に対して払っているのですか?
- 内訳はおおむね、①ムーブメント(機械)の精度と仕上げ、②ケースやブレスの磨き・組み立ての手仕事、③ブランドの歴史と信頼、④希少性(生産数の少なさ)、⑤アフターサービス網、の5つです。精度そのものは数万円のクォーツでも十分に高く、価格差の大半は①の仕上げと③④のブランド・希少性が占めます。つまり「機能」ではなく「工芸品・資産・文化」への対価だと理解すると納得しやすいはずです。
- Q. 見栄やステータスのために高い時計を買うのは間違っていますか?
- 間違いではありませんが、動機がそれだけだと長続きしません。私が30年見てきた限り、見栄だけで買った時計は数年で飽きて手放されます。逆に「この機械が好きだ」「長く使いたい」という動機が土台にある人は、同じ一本を10年20年と愛用します。ステータスは結果としてついてくるもので、目的にすると満足度は下がる、というのが実感です。
- Q. 投資として高い時計を買うのは意味がありますか?
- 一部のロレックス スポーツモデルなど例外はありますが、大半の時計は投資には向きません。オーバーホール費用(数年に一度、数万円〜)と中古価値の下落を考えると、金融商品としての効率は良くない。値上がりを期待して買うと値動きが気になって使えなくなり、それは「所有」ではなく「在庫を抱える」ことになります。使う前提で、気に入ったものを買うのが唯一の正解だと考えています。
About the author
川村 篤志
時計評論家 / コレクター歴30年・機械式時計 所有歴30年・40ブランド以上
機械式時計コレクター。所有歴のあるブランドは40以上、現役で稼働している手持ちは20本前後。雑誌寄稿100本超。「投機ではなく所有」を語る数少ない評論家。
Editor's note
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