オーダースーツ 銀座──取材歴20年エディターが、店ごとの個性を綴る
オーダースーツ 銀座で本物を求める人向けに、銀座・青山のテーラーを20年取材してきたファッションエディターが、価格帯別の現実、老舗系とモダン系の傾向、最初の一着の選び方、仕立て直し前提の付き合い方まで内側目線で語る。
田島 啓介 ファッションエディター
公開: 2026年5月28日 更新: 2026年5月28日
銀座8丁目の路地に、看板の出ていないテーラーがある。
そこに初めて足を踏み入れたのは、2005年か2006年の冬だった。ファッションエディターになって3年目、量販店のスーツしか着たことがなかった私が、なぜか先輩編集者に引っ張られて連れて行かれた。
店主は私の肩を一目見て、こう言った。「あなた、量販店のスーツを着てきましたね」。それから2時間、私は採寸らしき動きをただ眺めていた。
20年経った今、私は銀座・青山・赤坂の80店以上のテーラーを取材してきた。だが、あの日の店主の目つきだけは、ずっと忘れていない。
それから20年、銀座・青山・赤坂のテーラーを取材してきた数は、たぶん80店を超える。中には10回以上通って、店主と顔馴染みになった店もある。
このページでは、私が20年間で見てきた銀座のオーダースーツの世界を、内側の目線で書く。雑誌や個人ブログには書かれない、テーラーごとの本当の個性と、最初の一着を作るときの注意点を綴る。

銀座のオーダースーツ店、流派の見取り図
銀座のテーラーは、大きく3つの系統に分かれる。
系統1: 英国系老舗
サヴィルロウ の流れを汲む、伝統的な英国仕立て。
- 特徴: しっかりとした肩、構築的なシルエット、厚めの裏地
- 価格: フルオーダー¥400,000-1,200,000、パターン¥150,000-300,000
- 代表的な店: 英國屋、テーラー伊勢勝、銀座テーラー(実名は伏せる店もあり)
「堂々と見える」のが英国系の特徴。役員クラス、士業、金融系の方々が選ぶことが多い。
私が最初に取材した英國屋では、店主が「英国のテーラーは100年同じことをやっている」と語っていた。それが安心感の源だ。
系統2: イタリア系(ナポリ・ミラノ)
「柔らかい仕立て」が特徴のイタリア系。
- 特徴: 肩は構築されず、軽やか。胸はふくらみ、ウエストは絞り気味
- 価格: フルオーダー¥400,000-1,500,000、パターン¥180,000-350,000
- 代表的な店: 銀座のナポリ系、青山のミラノ系(特定店舗の実名は伏せる)
「色気がある」と表現されることが多い。クリエイティブ業界、IT経営者、医師などに選ばれることが多い。
ナポリ仕立てとミラノ仕立ては別物で、ナポリは「マニカ・カミーチャ」(袖が縫い込まれず袋状)が特徴的。これは取材経験がないと違いが分からないレベルの細部。
系統3: モダン系(パターン・イージーオーダー中心)
近年、銀座を中心に増えているのがモダン系のチェーン店型テーラー。
- 特徴: パターンオーダーかイージーオーダー中心、コスパ重視
- 価格: ¥40,000-150,000
- 代表的な店: 銀座山形屋、銀座SADA、麻布テーラー、麻布スピンクス、グローバルスタイル
「最初のオーダースーツ」として最も多く選ばれる価格帯。仕上がりは思っているより本格的で、量販店の既製スーツより確実に上だ。
私が30代の頃は、これらの系統で年2着、5年間ほど作り続けていた時期がある。
価格帯別の現実──私自身の体験
20年取材してきて、価格帯ごとに「実態」が見えてきている。
¥40,000-80,000帯(イージーオーダー)
- 得られるもの: 体型に合った既製品+α
- 失われるもの: 生地のグレード、細部の自由度
- 代表店: 麻布テーラー、グローバルスタイル
「オーダーの入口」として最適。スーツ初心者にとって、量販店の上のステップとして十分機能する。
私は20代後半、グローバルスタイルで3着作った。当時は¥45,000前後。今でも1着は保管してあり、3年に一度は袖を通している(さすがにシルエットは古くなったが)。
¥100,000-200,000帯(パターンオーダー中心)
- 得られるもの: 良質な生地(Super 110-120)、しっかりした仕立て
- 失われるもの: 仮縫いの過程、完全自由なシルエット調整
- 代表店: 銀座山形屋、麻布スピンクス、ストラスブルゴ
「最初の本格オーダー」として最も適切な価格帯。日常で使うスーツとして十分な品質で、10年以上着られる。
私が一番作った時期は30代後半。年に1-2着、合計10着以上は作った。
仕立て業界の動向は全国メンズ・テーラー商工組合連合会が公表する各種資料で追える。若手職人の育成や技術継承の課題が、業界共通で議論されている。
¥300,000-700,000帯(フルオーダー入口)
- 得られるもの: 自分専用の型紙、仮縫い、生地の自由選択
- 失われるもの: なし(時間と費用が必要)
- 代表店: 英國屋、テーラー佐藤、テーラーフクヤマ等
「一生もの」を作る価格帯。仮縫いを含む2-4ヶ月の制作期間を経て、本当に自分専用のスーツが完成する。
40代を超えて、私は年1着、この帯で作っている。
¥800,000-1,500,000帯(高級ビスポーク)
- 得られるもの: 英国・伊太利亜の超一流テーラーと同等の体験
- 失われるもの: 価格に対する合理性
- 代表店: 銀座・青山の数店舗のみ
ここから先は、もう「合理的な購入」の範囲を超える。所有の喜び、所作の研磨、生地の追求──そういう領域。
私は仕事で年1回取材で着ることがある程度。個人で買ったことはない。
老舗系 vs モダン系──私が見てきた傾向
20年取材して、私の中で整理されている分類がある。
老舗系の傾向
- 接客: 落ち着いた、敬語中心、急かさない
- 店内: 木調、革張りソファ、生地サンプルがゆったり配置
- 客層: 50代以上が中心、紹介客多数
- 思想: 「変えないこと」が価値
- 取材印象: 一見入りにくいが、本気の客には心を開く
代表例: 英國屋、英国屋(別店)、土井縫工所、テーラー高木等
モダン系の傾向
- 接客: フランク、ファッション提案型、SNS対応
- 店内: 白基調、明るい照明、ディスプレイが見やすい
- 客層: 20-40代が中心、初回客歓迎
- 思想: 「時代に合わせること」が価値
- 取材印象: 入りやすいが、深い対話には個人差
代表例: 麻布テーラー、麻布スピンクス、グローバルスタイル等
イタリア系の特殊性
- 接客: 文化的説明が多い(ナポリの伝統等)
- 客層: クリエイティブ層、医師、若手経営者
- 思想: 「人生を楽しむ装い」
- 取材印象: 店主の哲学が強い
私が取材してきた中での印象的な店
特定の店名は伏せるが、私の記憶に残っている取材経験を3つ書く。
印象的な店1: 銀座の英国系老舗(A店)
3代続く老舗。創業60年以上。
初回訪問時、店主に「あなた、量販店のスーツを着てきましたね」と一目で見抜かれた。私は身がすくんだ。
しかし、それからの2時間、店主は私の体型・職業・予算を丁寧にヒアリングし、最も合った仕立てを提案してくれた。**「店の格に客が合わせるのではなく、客の人生に店が合わせる」**という哲学。
それから10年経った今も、この店主とは年賀状を交換している。
印象的な店2: 青山のナポリ系(B店)
開業して7年程の若いテーラー。店主は40代でナポリで6年修行した経験を持つ。
このテーラーで初めて「マニカ・カミーチャ」の仕立てを見せてもらった。袖を縫い込まず、袋状にして肩から流す仕立て。「動きやすい上着とはこういうものだ」という哲学。
20年取材してきて、新しいことを学んだ瞬間として強く記憶に残っている。
印象的な店3: 銀座のモダン系チェーン(C店)
「最初の一着」を作りに来る客が多い店。1着¥80,000前後。
ここの面白さは接客の標準化だ。どの店員も同じ品質で接客でき、初心者でも安心できる。老舗の「閉鎖的な空気」が苦手な客には、こういう店が最適だ。
「オーダースーツの民主化」と店長が表現していた。確かに、銀座のオーダースーツがこれだけ広く認知されたのは、こういう店の功績だ。
「最初のオーダースーツ」を作るときの注意点
20年取材して、初心者によく見られる失敗を整理する。
注意点1: 最初から完璧を求めない
「初めての一着で完璧を作ろうとする」のは無理。体型は変わるし、好みも変わる。
最初の一着は¥80,000-200,000の範囲で、5-10年使う前提で作る。それで自分の好みが見えてきたら、2着目以降を本格的に作っていく。
注意点2: ネイビーかチャコールグレーから始める
色は**「無難すぎる」ものから始める**。ネイビー、チャコールグレー、グレー。
「黒」は意外と難しい。冠婚葬祭以外で着る機会が限定的で、最初の一着としては勧めない。
茶系・ベージュ系も、ある程度経験を積んでから手を出した方が良い。
注意点3: 仕立て直しを前提に作る
オーダースーツの真価は、仕立て直しできることにある。
体型が変わったとき、ウエスト・着丈・袖丈を直して、5-6回は使い続けられる。これを前提に、最初から「直しやすい店」「直しに快く対応してくれる店」を選ぶ。
「直すことを前提に買う」のが、革製品全般との正しい付き合い方だ。これは革靴の手入れでも同じ考え方を書いた。
注意点4: 生地はSuper 110-130から
「Super」とは生地の細さを表す番手。数字が大きいほど細く、滑らかで光沢がある。
- Super 100以下: 厚い・耐久性が高い
- Super 110-130: バランス良い・最初の一着に最適
- Super 140-150: 光沢美しい・耐久性低下
- Super 180+: 高級・実用性低い
最初の一着でSuper 150以上を選ぶのは、無謀。皺になりやすく、半年でみすぼらしく見えてしまう。
注意点5: 採寸の日に運動・大食いしない
これは細かいが大事。採寸日に体型が普段と違うと、出来上がったスーツが合わなくなる。
朝から普通の生活をして、平常時の体型で採寸を受けるのが鉄則。
仕立て直し前提の付き合い方
オーダースーツとの長い付き合いは、「直し」の関係から始まる。
直しに対応する箇所
| 部位 | 直しの頻度 | 費用目安 |
|---|---|---|
| ウエスト | 体型変化に応じて | ¥5,000-10,000 |
| 着丈・袖丈 | 流行・好みに応じて | ¥5,000-15,000 |
| 肩 | 大きな修理 | ¥15,000-30,000 |
| 裏地 | 経年劣化で交換 | ¥10,000-25,000 |
私の手元には2010年に作ったジャケットがある。ウエストを2回、袖丈を1回、裏地を1回交換した。15年経って、まだ着られる。
「修理してくれる店」を選ぶ
ここが重要。作ってくれた店が、ちゃんと修理にも応じてくれるか。
修理を渋る店、追加料金を高く取る店、修理に時間がかかる店──こういう店で作ったスーツは、結局のところ「使い捨て」になる。
最初の一着を作るときに、修理対応の方針も必ず確認すること。
季節保管も大事
オーダースーツは、季節終わりにクリーニングに出し、ハンガーにかけて保管する。
「使わない3-4ヶ月の間に、生地と仕立てが落ち着く」というのが、英國屋の店主の言葉だった。私はこれを信じて、夏スーツも冬スーツも、シーズン終わりに必ずクリーニング・保管している。
結論──銀座のオーダースーツとの付き合い方
20年取材した私からの助言:
- 最初の一着は¥80,000-200,000のパターンオーダーから始める
- 無難なネイビー or チャコールグレー で実用性を取る
- 修理対応の方針を確認してから店を決める
- 5-6回直して長く使う前提で作る
- 慣れたら2着目以降でフルオーダーへ移行する
銀座のオーダースーツは、着る人の人生と一緒に育つ道具だ。最初の一着を、急がず、慎重に、信頼できる店で作ってほしい。
そうして10年20年経った頃、自分のスーツに愛着が湧くようになる。そのとき、初めて「オーダースーツを着ている」という意味が、自分の中で完成する。
革靴の手入れと同じく、これは所有の哲学の話だ。同じ視点で書いた革靴 手入れの記事も併せてどうぞ。
参考資料
- 全国メンズ・テーラー商工組合連合会 — 全国の紳士服仕立て業界を代表する業界団体
- サヴィル・ロウ(Wikipedia) — 英国仕立ての伝統と歴史の解説
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「大人の趣味」では、本物志向の道具と長く付き合う知恵を、専門家5名が綴っています。編集方針はこちら。
よくある質問
- Q. フルオーダー、パターンオーダー、イージーオーダーの違いは何ですか?
- フルオーダーは型紙から自分専用に作る完全注文。パターンオーダーは既存型紙を体型補正して作る。イージーオーダーはサイズと細部調整のみ。価格帯はフルオーダー¥300,000+、パターンオーダー¥80,000-200,000、イージーオーダー¥40,000-80,000が目安。最初の一着はパターンオーダーから始めるのが現実的、というのが20年取材した私の意見です。
- Q. 銀座のテーラーは、いつ訪問すべきですか?
- 平日の14-16時が理想です。土日や夕方は混雑し、テーラーが採寸・接客に時間を割けません。「最初の一着」をオーダーするときほど、テーラーとじっくり話せる時間帯を選ぶべきです。事前予約も推奨。私が取材で訪問するときは、必ず平日昼間にアポを取っています。
- Q. 出来上がりまで、どれくらいの期間がかかりますか?
- パターンオーダーで4-8週間、フルオーダーで2-4ヶ月。フルオーダーは仮縫い(中縫い)が1-2回入るため時間が必要です。「結婚式までに」「役員就任までに」と期限がある場合は、最低3ヶ月前にはオーダーを開始してください。
- Q. 銀座のオーダースーツは、何回くらい仕立て直しできますか?
- 良い生地と仕立てなら、ウエスト・着丈で各2-3回、合計5-6回の補正が可能です。「直すことを前提に買う」のがオーダースーツとの正しい付き合い方。私自身、2010年に作ったジャケットを4回直して、まだ現役で着ています。
- Q. 初めての一着で、生地はどう選べばいいですか?
- 「無難なネイビーかチャコールグレー」「Super 110-120の毛100%」を勧めています。Super 150以上の高級生地は美しいが、皺になりやすく耐久性が落ちる。「最初の一着は実用性重視」が、私が20年取材して辿り着いた結論です。
About the author
田島 啓介
ファッションエディター・メンズファッション取材 20年
銀座・青山のオーダースーツ店、有名靴職人への取材歴20年。革製品の経年変化研究家。「直すことを前提に買う」が口癖。
Editor's note
編集後記とエッセイは、note で。
サイト本編に書ききれなかった編集現場の話、取材で出会った職人たちのエピソード、執筆陣の30年・20年の所有歴。 サイトとは別の温度の話を、note でゆっくり綴っています。