ロレックス ヨットマスター──定価196万円、サブマリーナとは別物である理由
ヨットマスターはダイバーズウォッチではない。逆回転防止機構を持たない両方向回転ベゼル、100m防水、プラチナベゼルのロレジウム。定価は40mmの196万200円から42mm RLXチタンの238万4,800円まで。サブマリーナとの違いと2026年の中古実勢を、30年触り続けた私が切り分ける。
川村 篤志 時計評論家 / コレクター歴30年
公開: 2026年8月24日 更新: 2026年8月24日
「ヨットマスターって、要はサブマリーナの高いやつですよね?」
正規店の前で、二十代後半の読者からそう訊かれたことがある。悪気のない質問だ。ケースの輪郭は似ているし、回転ベゼルが付いていて、同じロレックスのプロフェッショナルカテゴリに並んでいる。同じ棚の兄弟だと思うのは無理のない話だ。
だが答えは明快にノーだ。ヨットマスターは潜るための時計ではない。逆回転防止機構を持たず、防水は100m。サブマリーナの300mに対して三分の一だ。ベゼルはプラチナやセラクロムを磨き上げた装飾部品で、ダイバーズの安全装置としては最初から設計されていない。似ているのは輪郭だけで、思想は完全に別方向を向いている。
この記事では、コレクター歴30年の私が、ヨットマスターがサブマリーナと決定的に違う点、両方向回転ベゼルという設計の意味、現行37mm・40mm・42mmの2026年8月時点の定価、2023年に登場した42mm RLXチタンの立ち位置、ヨットマスター II との別物性、そして定価を大きく上回る中古実勢の実態を整理する。

「サブマリーナの色違い」ではない──出発点が違う
ヨットマスターの誕生は1992年。初代Ref.16628は18ctイエローゴールドのみで登場した。ここが重要だ。サブマリーナは1953年にスチールの潜水道具として生まれ、後に金無垢が追加された。ヨットマスターは逆で、金無垢から始まってスチールへ下りてきた。生まれた場所がラグジュアリー側なのだ。
スチールが入るのは1999年。Ref.16622で「ロレジウム」と呼ばれる構成が登場する。ケースとブレスレットはオイスタースチール、ベゼルだけ950プラチナ。ロレックスが自ら名付けたこの造語は、いま思えば実にうまい。スチールの実用性とプラチナの輝きを一本に同居させ、しかも金無垢よりは手が届く。現行の126622まで、この配合はほぼ変わっていない。
2015年にはRef.116655で、ロレックス史上初のラバーブレスレット「オイスターフレックス」が投入された。エラストマーで被覆した金属ブレードという構造で、ゴム紐とは似ても似つかない剛性を持つ。ロレックスが革でもメタルでもない選択肢を初めて公式に認めたモデルが、ほかのどれでもなくヨットマスターだった事実は、このシリーズの性格をよく表している。実験と装飾が許される場所なのだ。
そして2019年に42mmのホワイトゴールド(226659)、2023年にRLXチタンの226627が加わり、現在の37/40/42という三段構成になった。34年で三度、素材の方向転換をしている。サブマリーナのような「変えない美学」とは正反対の歩き方だ。ロレックス全体のどこにこのシリーズが座っているかはロレックス完全ガイドで全モデルを並べて整理してある。
両方向回転ベゼルという設計が意味するもの
ここが最も誤解される部分なので、丁寧に書く。
サブマリーナのベゼルは単方向、つまり反時計回りにしか回らない。潜水中に誤って接触してベゼルが動いても、残り時間が実際より短く表示される方向にしか狂わないよう設計されている。潜水の安全は、この非対称性の上に成り立っている。
ヨットマスターのベゼルは両方向に回る。狂ったら狂ったまま、どちらの方向にも動く。つまり潜水の安全機構ではない。ではなぜ回るのか。経過時間を任意の方向へ合わせるためだ。 ヨットレースのスタートまで残り何分か、風向きの変化から何分経ったか。海の上で使う計測の性格が、潜水とは違う。潜水では「あと何分で浮上」が命に直結するから片方向でよく、帆走では「基準点をどこにでも置ける」ほうが便利なのだ。
物としての作りも違う。40mmの126622のベゼルは950プラチナ製で、サンドブラスト仕上げの地に数字だけをポリッシュで浮かび上がらせている。この対比が本当に美しい。42mmの226627はセラクロムのマットブラックに60分目盛りを刻む構成で、こちらは黒の締まりで見せる。どちらもダイバーズのセラクロム・インサートとは仕上げの狙いが違い、「読ませる」より「見せる」に寄っている。
数字で並べておく。ヨットマスターは全モデルが100m防水、キャリバーは40mm・42mmがCal.3235でパワーリザーブ約70時間。対するサブマリーナは300m防水、グライドロック・エクステンションを備え、あちらは今も現役の潜水道具だ。ちなみに文字盤は126622にダークロジウムとブライトブルーの二種があり、日本ではダークロジウム(スレート系)が長く定番として扱われてきた。回転ベゼルの実用性という観点では、24時間表示で第二時間帯を管理するGMTマスター IIとも比較しておくと、それぞれの「回る理由」が整理できる。
現行ヨットマスターの定価一覧(2026年8月時点)
正規販売店が公開している税込定価を並べる。2026年は1月と6月に価格改定が入り、金無垢モデルは特に上げ幅が大きかった。
| ケース径 | 型番 | 素材 | ベゼル | 定価(税込) |
|---|---|---|---|---|
| 37mm | 268622 | オイスタースチール&プラチナ | プラチナ | ¥1,845,800 |
| 37mm | 268621 | オイスタースチール&エバーローズ | エバーローズ | ¥2,637,800 |
| 40mm | 126622 | オイスタースチール&プラチナ | プラチナ | ¥1,960,200 |
| 40mm | 126621 | オイスタースチール&エバーローズ | エバーローズ | ¥2,931,500 |
| 40mm | 126655 | 18ct エバーローズゴールド | セラクロム | ¥5,594,600 |
| 42mm | 226627 | RLXチタン | セラクロム | ¥2,384,800 |
| 42mm | 226658 | 18ct イエローゴールド | セラクロム | ¥5,659,500 |
| 42mm | 226659 | 18ct ホワイトゴールド | セラクロム | ¥5,936,700 |
この表から読み取ってほしいのは、価格の「跳び方」だ。
ロレジウム系は190万円台。 37mmの268622が¥1,845,800、40mmの126622が¥1,960,200。径が3mm違って約11万円差というのは、貴金属の使用量から見れば妥当な刻みだ。ヨットマスターの入口はここになる。
エバーローズが入ると一段上がる。 40mmの126621で¥2,931,500。ロレジウムから約97万円のジャンプで、これはピンクゴールドの地金量の差だ。
金無垢は一気に550万円超。 126655、226658、226659がこの領域。ここから先はサブマリーナの金無垢(126618LN、¥7,562,500)と同じ土俵になる。他モデルとの相対位置はロレックス 定価一覧で並べて確認できる。
参考として、サブマリーナの定価はノンデイトの124060が¥1,494,900、デイトの126610LNが¥1,683,000、グリーンベゼルの126610LVが¥1,764,400。つまりスチールのサブマリーナは、ロレジウムのヨットマスターより安い。 「ヨットマスター=サブマリーナの上位」ではなく、「素材にプラチナを使っているぶん高い」というのが正しい理解だ。
42mm RLXチタン(226627)──最大が最軽量という逆転
現行ヨットマスターで最も語るべき一本が、2023年に登場した226627だ。
RLXチタンはロレックスが自社で規定したチタン合金だ。市販モデルへの初採用は2022年のディープシー チャレンジ(Ref.126067)で、その一年前にはセーラーのベン・エインズリーの手首にチタン製ヨットマスターの試作機が確認されている。226627は、その実験が製品として着地した一本ということになる。ケースとブレスレットの全体がこの合金で作られ、ベゼルはセラクロムのマットブラック、文字盤はインテンスブラック。キャリバーはCal.3235、パワーリザーブ約70時間、100m防水。ブレスレットは3列リンクのオイスターで、こちらもチタン製だ。
面白いのは、シリーズで最も大きい42mmが、シリーズで最も軽いという点だ。チタンの比重はスチールの約6割。しかも126622はベゼルにプラチナを使っているので、あちらは径が小さいのに重い。40mmロレジウムと42mmチタンを交互に着けると、数字とのねじれに笑ってしまう。
私はこの一本を「ロレックスの中で最も現代的な提案」だと評価している。仕上げも独特で、マットに近いサテン仕上げが主体になっており、ロレックス特有のポリッシュの輝きが抑えられている。全身が鈍く光る。派手さで訴えないタイプの高級品が好きな人には、たまらない質感だ。
ただし手放しでは勧めない。理由は二つある。一つはチタンの傷の入り方だ。スチールより表面硬度が高い処理をしていても、深い打痕が入ったときの目立ち方はスチールと違う。もう一つは価格だ。定価は¥2,384,800だが、実勢はその1.5〜1.8倍で流通している。この点は後で数字を出す。
ヨットマスター II は上位版ではない、別の道具だ
ここも整理しておきたい。ヨットマスター II は名前が連続しているだけで、実質はまったく別の時計だ。
現行はRef.126680、44mm、オイスタースチール、定価¥3,005,200。イエローゴールドの126688は¥9,007,900。長く親しまれた旧Ref.116680は生産を終え、現行は72時間駆動のCal.4162世代に置き換わっている。
機能の核はレガッタ・クロノグラフだ。ヨットレースのスタート前に鳴るカウントダウンを、機械式のメモリー機構でプログラムできる。ベゼルを回すことで機構を操作する「リングコマンドベゼル」を備え、ベゼルとムーブメントが機械的に連動している。ブルーのセラクロムに60分目盛りという外観も、三針のヨットマスターとは共通点がほとんどない。
要するに、ヨットマスターが「海のラグジュアリー三針」で、ヨットマスター II は「競技用カウントダウン計器」だ。44mmという径も日常向きではない。中古で「ヨットマスター」を検索して II が混ざってきたときに、価格帯の違いに驚く人がいるが、そもそも比較する対象ではないと考えたほうがいい。
中古実勢──定価で買えたら勝ち、という相場
数字を並べる。相場データベースの集計では、40mmロレジウム(126622)の中古は2026年8月中旬時点で中央値が約230万円、平均が約263万円。定価¥1,960,200に対して、1.2〜1.3倍の水準だ。買取相場も210〜257万円のレンジで報告されており、市場は堅い。
一方、42mm RLXチタン(226627)は状況が違う。新品・並行の販売実勢が約370〜390万円、中古の売れ筋も420万円台という報告があり、定価¥2,384,800に対して1.5〜1.8倍。デイトナほどの狂騒ではないが、現行ヨットマスターで最も入手が難しい一本であることは間違いない。
この差はどこから来るのか。私の見立ては単純だ。チタンという素材がロレックスの中でまだ希少で、しかも42mmという径がここにしかない。 代替が存在しないものには、必ずプレミアムが乗る。逆に126622はロレジウムという確立された定番であり、供給も比較的安定している。プレミアムが小さいのは人気がないからではなく、回っているからだ。
だから買い方の結論もはっきりする。126622を狙うなら正規店を回る価値が十分にある。20〜30万円のプレミアムを払って並行に行くか、数ヶ月粘って定価で買うか、天秤が成立する範囲だ。正規店との付き合い方はロレックスマラソンの実際にまとめた。対して226627は、定価で出会えたら即決すべき水準の乖離がある。売却時の値動きの癖についてはロレックスの資産価値と買取相場を参照してほしい。
もう一つ。金無垢のヨットマスター(126655、226658、226659)は、中古市場での流通量が少ない。550万円超という価格帯で、しかもヨット由来のスポーツモデルという性格。買う人が限られるぶん、出物も限られる。狙うなら気長に構えることになる。予算全体からの逆算で考えたい方はメンズ腕時計の選び方 完全ガイドを先に読んでほしい。
締めくくりに──陸で使うことを前提にした海の時計
30年時計を触ってきて思うのは、ヨットマスターはロレックスの中で最も「正直な」シリーズだということだ。
サブマリーナは今も300m防水の潜水道具として作られている。だが実際に潜る人はほとんどいない。エクスプローラーで登山をする人も、GMTマスターで太平洋を横断する客室乗務員も、もう多数派ではない。ロレックスのプロフェッショナルモデルは、道具としての物語を保ちながら、現実には陸で使われている。
ヨットマスターは、そこを取り繕わない。100m防水で十分だと言い、ベゼルには潜水の安全機構ではなくプラチナを置く。海を思わせるが、海で使い切ることを前提にしていない。装飾を装飾として認めている潔さがある。私はこの割り切りが、実は最も現代的だと思っている。
ロレジウムのベゼルは、光の当たり方でスチールとは違う白を返す。オフィスの蛍光灯の下でも、その差は分かる。海に出なくても意味のある美しさが、この時計にはある。それでいいのだ。潜らない人が潜る時計を買い続けてきた歴史のほうが、よほど不自然だったのだから。
196万円という入口をどう見るか。私は、サブマリーナに手が届く人が「あえて選ばなかった側」にこそヨットマスターの面白さがあると思っている。似ていると言われ続けることを引き受けたまま、34年間ずっと別の道を歩いてきたシリーズだ。
参考資料
- ロレックス公式 ヨットマスター — 現行ラインナップの素材構成とベゼル仕様の確認に使用
- ロレックス正規販売店(髙島屋)ヨットマスター価格一覧 — 37/40/42mm各型番の税込定価の一次確認に使用
- ロレックス正規販売店 ヨットマスター II — 現行Ref.126680の定価とCal.4162仕様の確認に使用
- 高級腕時計専門誌クロノス日本版 ヨットマスター解説 — 1992年以降の系譜と素材変遷の確認に使用
次に読む
- ロレックス完全ガイド:全主要モデルの序列と選び方の全体地図
- ロレックス 定価一覧 2026年改定版:主要モデルの定価と実勢の乖離を検証
- ロレックス GMTマスター II:回転ベゼルの役割が異なるもう一つの選択肢
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よくある質問
- Q. ロレックス ヨットマスターの定価はいくらですか?
- 2026年8月時点、37mmのロレジウム(Ref.268622)が¥1,845,800、40mm(Ref.126622)が¥1,960,200、42mmのRLXチタン(Ref.226627)が¥2,384,800です。スチール&エバーローズの40mm(Ref.126621)は¥2,931,500、金無垢は40mmエバーローズ(Ref.126655)が¥5,594,600、42mmホワイトゴールド(Ref.226659)が¥5,936,700。入口の196万円台から600万円弱までが現行の幅です。
- Q. ヨットマスターとサブマリーナは何が違うのですか?
- 最大の違いはベゼルと防水性能です。サブマリーナは逆回転防止の単方向ベゼルと300m防水を備えた本物のダイバーズウォッチ。ヨットマスターは両方向に回るベゼルで100m防水、つまり潜水の安全機構を持ちません。ヨットマスターのベゼルはプラチナやセラクロムを磨き上げた装飾性の高い部品で、素材構成も海洋ラグジュアリー寄りです。定価も40mmロレジウムの¥1,960,200に対しサブマリーナ デイトは¥1,683,000で、上下関係も単純ではありません。
- Q. ヨットマスターとヨットマスター II は同じシリーズですか?
- 名前は連続していますが、実質は別の時計です。ヨットマスター II(現行Ref.126680、¥3,005,200)は44mmのレガッタ・クロノグラフで、Cal.4162とリングコマンドベゼルによるプログラム可能なカウントダウン機構を搭載します。ヨットマスターの三針とは機構も用途もサイズ感も別系統で、「IIは上位版」という理解は誤りです。旧Ref.116680は生産終了しており、現行は126680に置き換わっています。
- Q. 42mmのRLXチタン(226627)はなぜ人気なのですか?
- シリーズ最大の42mmでありながら、RLXチタンによってシリーズで最も軽いという逆転が起きているからです。2023年登場で、セラクロムのマットブラック両方向回転ベゼル、Cal.3235(パワーリザーブ約70時間)、100m防水という構成。定価¥2,384,800に対し中古・並行の実勢は約370〜430万円で推移しており、定価の1.5〜1.8倍という強いプレミアムが付いています。現行ヨットマスターで最も入手が難しい一本です。
- Q. 37mm・40mm・42mmのどれを選ぶべきですか?
- 手首周り16.5cm以下なら37mm、16.5〜18cmなら40mm、18cm前後で軽さを重視するなら42mmのRLXチタンです。40mmのロレジウム(126622)はプラチナベゼルの重量が効いてしっかり重く、42mmチタンはその逆で驚くほど軽い。数字上のサイズと体感が一致しないシリーズなので、必ず実機を着けて判断してください。私は日常使いなら40mmロレジウム、着けている時間の長さを最優先するなら42mmチタンを勧めます。
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川村 篤志
時計評論家 / コレクター歴30年・機械式時計 所有歴30年・40ブランド以上
機械式時計コレクター。所有歴のあるブランドは40以上、現役で稼働している手持ちは20本前後。雑誌寄稿100本超。「投機ではなく所有」を語る数少ない評論家。
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